令和4年2月24日、ロシア軍がウクライナ領土内に一斉に侵攻を開始しましたが、このロシアの行動は国際法的に観て、違法なのでしょうか。

武力行使は原則違法

国連憲章2条4項は、「すべての加盟国は、その国際関係において、武力による威嚇又は武力の行使を、いかなる国の領土保全又は政治的独立に対するものも、また、国際連合の目的と両立しない他のいかなる方法によるものも慎まなければならない」と規定しています。

この規定は、戦争はもちろんあらゆる武力の行使、そして武力による威嚇を禁止しています。

武力行使できる例外的場合1 個別的自衛権

国連憲章51条は、「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」と規定しています。

自衛権について定めたこの規定では、自衛権発動の要件について「武力攻撃」という用語を使っています。

いかなる攻撃に対しても自衛権は使えるわけではなく、あくまで武力行使が行われた場合のみ自衛権を発動できるとされています。

今回の侵攻では、先に武力攻撃をしたのはロシアなので、ロシアが自国が攻撃を受けたことを理由に個別的自衛権を主張することは基本的にはできないことになります。

ロシア側からすれば、紛争の原因を作ったのはウクライナ側であるという主張になるでしょうが、「武力攻撃」がウクライナからなされない限り、ロシアが自衛権の行使を主張することはできないのです。

武力行使できる例外的場合2 集団的自衛権

また、ドネツク、ルガンスク両人民共和国に対する武力攻撃を理由に、ロシアは集団的自衛権を行使したと主張することが考えられます。

実際、プーチン大統領が、ウクライナを侵攻する直前に両人民共和国の独立を承認したことは、国際法的に合法な集団的自衛権を行使のための戦争であるとの体裁をとったという側面が極めて大きいものだったと考えることができます。

しかしながら、両人民共和国が国家であると言い得るかまず問題となりますし、キエフを含むウクライナ領土全土への侵攻は、自衛権の行使として過大なものであり、違法と考えられます。

武力行使できる例外的場合3 在外自国民の保護

国の軍隊ではない武装集団による武力行使・テロは、国連憲章51条の「武力攻撃」にあたるのかという議論があります。

たとえば、在外自国民の生命・財産が現地で侵害された場合、あるいは侵害されつつある場合に、武力行使は認められるのかという問題です。

一般的に、このような武力行使は認められますが、国軍ではない勢力によるテロまで「武力攻撃」に含むのは、あまりにも広く解しており、自衛権発動の要件としては広すぎるのではないかという懸念があります。

世界史上、在外自国民の救出という名目で侵略戦争が行われた例が多く、その点でも問題です。

今回の侵攻では、ウクライナが自国内のロシア国民を迫害しており、ロシアは在外国民の救出のため自衛権を発動したと主張するかもしれません。

しかし、上述のとおり、ウクライナ軍による武力行使がない限り、自衛権発動の要件たる「武力攻撃」を緩く解しすぎているのではないかという問題があります。

さらに、ロシア軍は、ロシア系住民が多く住むウクライナ東部のみならず首都キエフ及びウクライナ全土を侵攻しているため、「在外自国民救出」という建前からも明らかに逸脱した武力行使を行っています。

したがって、いずれにしても、在外自国民救出によってロシア軍の侵攻を正当化することはできません。

武力行使できる例外的場合4 民族自決権

侵略の定義に関する国連総会決議7条は、「人民の自決、自由及び独立に対する権利をいかなる方法によっても害することはできない。このことは、右の権利を強制的に剥奪された人民、特に植民地的、人種差別的政権又はその他の形態の外国人支配の下にある人民についてそうである。また、これらの人民が、憲章の原則に従いかつ前記の宣言に従って、その目的のために闘う権利並びに支持を求め及びこれを受ける権利も害することはできない」と規定しています。

民族解放団体が民族自決権を掲げて行う武力行使は、こうした規定を根拠に、国連憲章2条4項が規定する武力不行使の原則に違反しないと言われています。

今回の侵攻では、まずドネツク、ルガンスク両人民共和国の独立が、民族自決権に基づく正当な自由と独立を求めるものかという点に疑義があります。

また、いずれにしてもロシア国軍が介入する理由にはなりませんし、ましてウクライナ全土に侵攻する理由にはなりません。

ロシア軍のウクライナへの侵攻は、明白な国際法違反であると言ってよさそうです。

原子力発電所への攻撃は違法

ジュネーブ条約は第一追加議定書56条1項で、次のとおり、原子力発電所への攻撃を禁止しています。

「危険な力を内蔵する工作物及び施設、すなわち、ダム、堤防及び原子力発電所は、これらの物が軍事目標である場合であっても、これらを攻撃することが危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらすときは、攻撃の対象としてはならない。これらの工作物又は施設の場所又は近傍に位置する他の軍事目標は、当該他の軍事目標に対する攻撃がこれらの工作物又は施設からの危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民の間に重大な損失をもたらす場合には、攻撃の対象としてはならない。」

しかし、第2項で例外的場合も定めています。

「1に規定する攻撃からの特別の保護は、次の場合にのみ消滅する。」

「(b)原子力発電所については、これが軍事行動に対し常時の、重要なかつ直接の支援を行うために電力を供給しており、これに対する攻撃がそのような支援を終了させるための唯一の実行可能な方法である場合」

ロシアによる攻撃が56条1項に該当するのは明らかです。

ロシアは、第2項(b)にあたるとして、攻撃を正当化するかもしれませんが、適法となる要件は厳格であり、条文の書き方からすれば、ロシアが要件にあたる状況であったことを立証しなければならないでしょう。

ロシアが十分に立証することは困難と考えられます。

したがって、この点からも、ロシアは国際法に違反しているということができます。

国際法の遵守を強制する手段はない

ウクライナはロシアによる侵攻を受けて、国際司法裁判所に提訴を行いました。

しかし、国際司法裁判所の強制管轄権はロシアにはなく、ロシアの合意がない場合、ロシアに国際司法裁判所の決定や国際法の遵守を強制させる手段はありません。

「ウクライナにも責任がある」は正しい?

今回のロシアによる侵攻について、侵略戦争を始めたものとしてロシアを非難する議論が多いのですが、なかには「ウクライナ側にも責任があったのではないか」という論調も見られます。

そのような言説も全く間違いではないのかもしれません。

しかし、ここで注意しなければいけないのは、国際法的には一方的にロシアが悪いのは明らかだということです。

ロシアに責任があることが大前提であり、ウクライナにも責任があるとすれば、それはせいぜいロシアの軍事侵攻の責任に対し情状酌量の余地があるかどうかという話でしかありません。

決してウクライナが悪いという話にはならないのです。

ウクライナ側にも責任があるという言説は、主張する方も聞く方も注意しなければ、「どっちもどっちだ」という議論にミスリードされてしまうおそれがあります。

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ひのもと法律事務所
輿石逸貴 弁護士(静岡県弁護士会)


令和3年1月にひのもと法律事務所を設立。静岡県東・中部を中心に、不動産、建築、交通事故、離婚、相続、債務整理、刑事事件等、幅広い分野に対応する。 憲法学会に所属し、在野での憲法研究家としての一面も持つ。