たとえば、パチンコ店などで自分の席に他人が忘れ物をしていったとき、それを自分の物と勘違いして取得してしまった場合、どうなるのでしょうか。

新潟地方裁判所判決平成23年9月1日は、次のような事例です。

パチンコ店においてスロット台で遊んでいた被害者が、その台への備え付けの玉貸機にICコインを残したまま席を立った直後、その台に座った被告人がそのICコインを取った。

弁護人は,被告人は,スロット台の中にあったICコインを自分のものであると誤解していたのであるから,窃盗の故意がなく(=盗むつもりがなく)無罪であると主張した。

「以上のとおり,被告人は,1663番台において,2回にわたって自分のICコインを玉貸機に入れようとし,これが入らなかったことから別のICコインが残っていることに気付くと,そのまま遊技をすることなく返却ボタンを押してこれを取り去り,そのまま同台を離れ,自分のICコインとともに精算しているのであって,このような被告人の行動は,自分が座ったスロット台に偶然他人のICコインが残っていたことに気付き,その状況を奇貨としてこれを領得したものと認められる。
   被告人は,普段から複数枚のICコインを使用することがあったので,本件当時も台に入っていたICコインを自分のものだと思い,そのまま遊技を続けた記憶がある,ICコインを取り出してすぐに帰宅したのは犬の散歩に行く時間が迫っていたためであるなどと述べている。しかし,それまで1枚のICコインを持って遊んでいた被告人が,自分の座ったスロット台に残されていたICコインを自分のものであると思い込むという事態は考えにくいものであるし,被告人の供述のうちスロット台の中に既にICコインが入っていると気付いた後そのまま遊技を続けたという肝心の点は,防犯カメラに写っている映像(甲5)と明らかに矛盾しており,事実と異なっている。
   弁護人は,被告人は,本件当時認知力が減退しており,周囲の状況を誤って把握していたと主張し,その原因として,被告人が朝から昼食もとらずに5時間半以上パチンコ店にいてスロットで遊んでおり,また消防士の仕事や町内の御輿会の活動などで慢性的に疲労が蓄積していたと考えられること,睡眠時無呼吸症候群という基礎疾患を抱えていたことなどを指摘する。しかし,被告人がスロット台に残されたICコインの存在に気付いた直後にこれを取り出してスロット台を離れるという行動は,まさに偶然発見した他人のICコインを持ち去ろうという意図を推認させるものであり,その他一連の行動をみても,本件当時被告人の認知力が減退していたことを窺わせるものは見当たらない。
   弁護人は,本件後の被告人の行動は,被告人に犯罪の認識があったのであれば説明できないものであるとして,被告人が,パチンコ店に設置された防犯カメラの存在を知っていたにもかかわらず,本件後の行動に変化がなく,犯行発覚を免れようとする行動をとっていないことなどを指摘する。しかし,被告人が1663番台から立ち去る間際にICコインを玉貸機に投入しようとした仕草は,防犯カメラの存在を意識した上で自分がICコインを取り出したことを隠そうとしたものとも考えられるし,普段どおりの行動をとっていたことも,当時は犯行が発覚していないと考えていたからであると理解することもできるのであって,いずれも上記認定を左右するものではない。
   したがって,弁護人の主張は採用できず,被告人は窃盗罪の刑事責任を免れない。」

「もっとも,被告人が,これまで消防士として働き,犯罪とは全く無縁の生活を送っており,本件犯行が偶発的な置き引き事案であることからすると,懲役刑を科すのは重過ぎる。そこで,所定刑中罰金刑を選択した上,その金額を定めるに当たっては,被害金額が高額とまではいえないこと,被害弁償が完了していて被害者が被告人の処罰を求めていないこと,被告人に前科前歴がないこと,本件が公判請求されたことにより被告人が休職を余儀なくされ,一定の社会的制裁を受けたともいえることなどを考慮し,主文のとおりの刑を定める。」

裁判所は,特にスロット台に残されたICコインの存在に気付いた直後にこれを取り出してスロット台を離れるという行動に着目して、窃盗の故意すなわちコインを盗むつもりがあったと認定しています。

このような事案では、監視カメラ等を見て、被告人が盗む意図があったことを窺わせるような行動をとっているかどうかが、有罪になるか無罪になるかのポイントであるといえるでしょう。

万が一他人の物を間違えて持って帰ってしまった場合には、本当に窃盗する意図がなかったとしても、状況によっては窃盗罪が成立してしまう可能性もゼロではないと思いますので、注意が必要です。

本件は被告人が犯罪を認めて反省しているといういわゆる自白事件ではなく、犯罪の成立を否認している事件ですが、偶発的犯行で被害弁償も済み,前科前歴もないこと等の情状をも考慮して(注)、求刑懲役1年に対し、罰金10万円とした特殊な事例です。


(注)司法修習では、無罪を主張しているにもかかわらず予備的に情状を主張することは、矛盾した主張であることから、一般的にNGであるとされている。しかしながら、本件は否認事件ではあるが、判決では情状を考慮していることから、予備的に情状を主張すべき事案であったと言える。実務的には、有罪認定されたときに備えて、予備的に情状を主張する戦略はあり得る。

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輿石逸貴 弁護士(静岡県弁護士会)


令和3年1月にひのもと法律事務所を設立。静岡県東・中部を中心に、不動産、建築、交通事故、離婚、相続、債務整理、刑事事件等、幅広い分野に対応する。 憲法学会に所属し、在野での憲法研究家としての一面も持つ。