注文主のせいで工事が遅れた場合|遅延損害金を払うべきか?
工事の遅延は、発注者(注文主)と受注者(施工業者、請負人)双方にとってときに大きなトラブルになります。
請負工事契約書には、工事完成期日までに工事が完成せず、工事が遅延した場合にはその遅延分の遅延損害金(違約金)を工事請負人(受注者)が発注者に支払う旨の規定があることが通常です。
受注者の都合で工事が遅延した場合に違約金を支払わなければならないのは当然です。
ですが、発注者のせいで工事が遅延する時まで受注者が違約金を払わなければならないとすれば不公平です。
このような場合、受注者は違約金を支払わなければならないのでしょうか。
本記事では、発注者の責に帰すべき事由によって工事が遅延した場合の違約金の支払いについて、法的観点から詳しく解説します。
発注者のせいで工事が遅延するケースとは?
発注者の責めに帰すべき事由による工事遅延とは、一般的に、たとえば、以下の様なケースが挙げられます。
① 合理的な理由がないのにもかかわらず発注者が工事の中止を指示した。
② 受注者が工事を進めている最中に、発注者から頻繁に設計変更の指示が出され、工事が中断または遅延した場合。
③ 発注者が用意するべき資材の搬入が遅れたり、前提となる作業がされていなかったりして、工事が中断した場合。
上のような場合などに、受注者は工事の遅延損害金(違約金)を支払わなければならないとすれば、受注者にあまりにも酷です。
請負人の法的責任
まず、工事の請負契約が締結されると、請負人には工事を完成させる債務(義務)が発生します。
請負人が工事を期日までに完成させることができない場合、履行遅滞といって、請負人に注文主に対する損害賠償金を支払う義務や注文主が契約を解除できるといった効果が発生します。
民法412条1項「債務の履行について確定期限があるときは、債務者は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負う。」
415条1項本文「債務者がその債務の本旨に従った履行をしない‥ときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。」
541条本文「当事者の一方がその債務を履行しない場合において、相手方が相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、相手方は、契約の解除をすることができる。」
工事完成債務が履行遅滞になるのは、工事請負契約で定める工事完成の期日を経過しても完成しないときや工程通りに進捗しないときです。
もし、請負人が工事完成期日までに工事を完成させることができなかったにもかかわらず、履行遅滞による損害賠償責任を免れるためには、業務取引上の社会通念等に照らして請負人に帰責性(責任、責めに帰すべき事由)がないことを請負人の側から具体的に主張しなければなりません。
民法415条1項「債務者がその債務の本旨に従った履行をしない‥ときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。」
上のとおり、民法415条1項は、履行遅滞の場合であっても、債務者(本件では工事請負人)の責めに帰すべき事由がないときは損害賠償責任を負わない旨規定しています。
工事の遅延で請負人の責めに帰すべき事由がないときとは
債務者に帰責性がない場合とは、債務者に故意・過失がない場合、または債務者に債務不履行責任を負わせることが信義則上酷に失すると認められるような事由がある場合をいいます(最判昭和52年3月31日)。
上の判断は、個々の取引関係をみて契約の性質・契約の目的・契約の締結にいたる経緯等の契約に関する諸事情を考慮して、社会通念をも勘案して判断されます。
上で紹介した発注者のせいで工事が遅延するケースの場合、たとえば、①注文者に合理的な理由がないのに工事の中止を命じた、②当初の設計から頻繁に変更を要請した、③注文者において調達するべき材料の調達や仕事の前提としてすべき作業が未了であることなどの事情が認められた場合、さらにこれらの事情が存在しなければ履行遅滞の結果が生じていなかったことが請負人によって立証されれば、請負人は損害賠償責任を免れることになります。
私の実務感覚から言えば、工事遅延の主な原因が注文主にあり、請負人には落ち度がないと言える場合には、工事の請負人には債務不履行責任は発生しません。
しかし、工事の遅延について注文主にも落ち度があり、請負人にも落ち度があるという場合は、工事の請負人に債務不履行責任が発生します。
契約上は工事を遅延させないことが原則であり、遅延した場合は遅延損害金が発生するのが原則だからです。
注文者のせいで工事が遅延した事例
東京地方裁判所判決平成14年10月15日は、次のような事例です。
工事業者との間で自宅建物の建築工事請負契約を締結した注文主が、工事業者に対し、建物の完成・引渡を遅延したとして、約定に基づく損害金(工期内に工事を完成できないときは,遅延日数1日につき請負代金総額の2000分の1以内の損害金が発生)約1800万等を請求した事案です。
注文主の妻は,郵便局の外務員をしていたAが簡易保険の勧誘に訪れたことをきっかけに知り合いました。その後、Aが痴呆症になっていた注文主の妻の母に親切に接してくれたことに感謝し,親しく付き合うところとなり,しだいにAに対して深い信頼を寄せるようになりました。
注文主所有の土地が自治体等によって買収されることになったので,そのころから肺気腫に悩まされるようになっていた注文主から財産管理の一切を委されていた妻は,特別な信頼関係にあったAに対し,買収をめぐる自治体との交渉及び新たな自宅を建築すべき代替地の取得等を委託しました。
注文主は,新たな自宅を建築すべく都内所在の本件建物敷地を購入しました。
妻は注文主から自宅の新築についても一切を委されたので,Aに対し,自宅の新築に向け工事業者と折衝することを委託し,Aはこれを受託し,本件契約の締結に至りました。
Aは,上記のとおり,注文主の妻を通じて,注文主から,本件建物建築工事につき広範な権限を授与されていました。
しかし、Aは本件建物に使用する屋根瓦・石・木材等の選定・調達に携わっていましたが,選定・調達に長時間を要したため,石を使用する外構工事,木材を使用する内装工事のみならず,工事業者が請け負っている屋根工事も大幅に遅延しました。
ようやく瓦が葺き上がったところ,現場に入ったAが瓦の表面のいぶし銀の塗膜に作業途中で付着した手や足の跡にクレームを付けたため,葺き替えを余儀なくされました。
本件建物建築工事の現場に入ったAは,工事関係者らに対し,工事に関連する事項をAに委託する旨の注文主の妻作成にかかる委任状を示し,本件建物建築工事につき施主から全面的な委任を受けているという意味で自らのことを「委任者」と呼ぶよう指示した上,工事に対して,とうとう現場監督を差し置いて指揮監督を加えるようになりました。
そして,工事関係者は,Aの指示は注文主の指示であると認識していたので,Aの指示・了解なしには,仕様や材料の選定・変更はもとより,施工すらできない状況になりました。
本件建物の敷地内には古井戸があり,工事業者は妻に対し,改修工事をすれば工期にも影響するので埋めてはどうかと進言したが,注文主の妻は,改修工事をして井戸を残すことを選択しました。そして、妻はAに対し,井戸の改修工事にかかる事務処理を委託しました。
しかし、ボーリング工事の機材が大がかりなため,本件建物建築工事を進めることにも支障が生じ,かつ,Aからも,他の一切の作業を中止するよう指示されたので,改修工事が終わるまで1か月半ほど本件建物建築工事を進めることができませんでした。
このようにして、工事完成日を過ぎて建物の引渡しがなされました。
この事案について裁判所は、
本件建物の引渡が本件変更契約が定める竣工日を基準にすれば327日遅れたことは当事者間に争いがないところ,‥その原因は,‥被告側の工事関係者において,Aは,注文主の妻との間の特別な信頼関係を基礎として,施主である原告から本件建物建築工事につき全面的な委任を受け,Aの指示は原告の指示であると認識していたので,Aの指示・了解なしには,仕様や材料の選定・変更はもとより,施工すらできない状況であったことを前提として,① Aは,本件建物に使用する屋根瓦・石・木材等の選定・調達を原告から受託していたが,選定・調達に長時間を要したため,直工事である石を使用する外構工事,木材を使用する内装工事のみならず,被告が請け負っている屋根工事も大幅に遅延したこと,② 被告が請け負っている本件建物の内装工事等は,直工事と並行して施工せざるを得ない部分があるため,直工事である内装工事の遅延に引きずられて完成が遅れたこと,③ 原告側が希望した井戸の改修工事により,1か月半ほど本件建物建築工事が中断したこと,④ 平成12年6月末,原告代理人の指示を受けて直工事である門の屋根工事を中断したため,その完成を受けて被告が本件建物内に畳・建具を搬入してクリーニングを終えるまでに時間を要したことなどにあると認められ,これを覆すに足る証拠はない。
したがって,本件建物の引渡が遅延したことにつき,被告に帰責事由はないというべきであって,被告において,原告に対し,遅延損害金の支払義務を負うものではない。」
よって,原告の請求は,いずれも理由がないから棄却する。
と判示しました。
施主側から信頼を受けた第三者が、細かく指示や中止の要請を出して、それが原因により工事が遅延したと認定され、工事業者に遅延損害金を支払う責任がないと判示された事例です。
ひのもと法律事務所
輿石逸貴 弁護士(静岡県弁護士会)
令和3年1月にひのもと法律事務所を設立。静岡県東・中部を中心に、不動産、建築、交通事故、離婚、相続、債務整理、刑事事件等、幅広い分野に対応する。
憲法学会に所属し、在野での憲法研究家としての一面も持つ。
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