かつて日本にあった不敬罪に、問題はなかったのでしょうか。

(参考記事:不敬罪は憲法違反か?

不敬罪とは、君主に無礼な行為をした者を処罰する規定という意味です。

日本での不敬罪は、刑法の中に昭和22年に廃止されるまで、規定されていました。

刑法74条(現在は削除)
 天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ對シ不敬ノ行為アリタル者ハ三月以上五年以下ノ懲役ニ處ス神宮又ハ皇陵ニ対シ不敬ノ行為アリタル者亦同シ

 

 まず、不敬罪の趣旨は、国家において尊重の対象となる天皇及び皇室の安泰と尊厳の維持にあるとされていました。

 そして、上記趣旨から導かれる解釈として、「不敬ノ行為」すなわち皇室の尊厳を冒瀆する行為が禁止されていました(注1)。

規制の範囲が広すぎる

 まず、「皇室の尊厳を冒瀆する行為」というだけでは範囲が広過ぎるという批判が可能でしょう。

 「皇室の尊厳を冒瀆する行為」というだけでは明確性を欠くため、さらなる要件により処罰範囲を絞ることが必要です。

 もっとも、「尊厳を冒涜する行為」は様々なものが考えられ、さらに具体的な言葉に言い換えることは実際には困難だと思われますので、異なる別の要件を設けるべきです。
  
 ところで、不敬罪の保護対象には「神宮」や「皇陵」も含まれており、「神宮」は伊勢神宮のことを指していました。

 天皇はともかく神宮や天皇の墓への不敬まで取り締まるというのはやり過ぎでは?という批判も有り得そうです(注2)。

 しかし、現在でも礼拝所不敬罪(刑法188条1項)のように、墓地に対する不敬行為は取り締まりの対象となっていますから、神宮や墳墓での不敬が許されないことが特別異常という訳ではありません。

 また、天皇への不敬が許されないなら、その建前上の祖先である天照大御神への不敬は尚更許されない、とも言えそうです。

 したがって、この点は特に問題がないと思います。

要件が緩い

 次に、「公然」の要件が課されていない点が指摘できます。

 名誉毀損罪は、「公然」と事実を摘示することを犯罪成立の要件として明示しています。

 

刑法230条「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。」

 一方、不敬罪にはそのような要件がありません。 

 まず、判例によれば、 不敬罪は、内心を処罰する規定ではなく、意思表示があってはじめて処罰できる表示犯と解されていました。

 しかし、外部に向けられていない意思表示であっても処罰対象となります。たとえば、自己の日記に記載する行為も、それだけで犯罪が成立しました。そのような場合も、他人に読まれる可能性があるから、というのがその理由です(注3)。
 
 これに対し、滝川幸辰は、「不敬の意思表示では足りず、不特定の他人が知りうる状態において外部に表示することを必要とする」とし、新聞紙法42条「皇室ノ尊厳ヲ冒瀆…事項ヲ新聞紙ニ掲載シタルトキハ…罰ス」という規定との権衡上、「不敬ノ行為」は「公然」行われることを要件とすべきと批判しています(注4)。

 つまり、新聞紙法の規定と同じく、刑法の不敬罪も、外部に公然と意思表示することまで要件を厳しくすべきと主張しました。

 滝川の主張は、至極真っ当だと思います。

 不敬罪は、国家権力による濫用の危険性が高い刑罰であり、通常の名誉毀損罪よりむしろ要件は厳しくする必要があると思います。

 緩やかな解釈を採る当時の判例実務は、国民への一般予防(犯罪の抑止)効果は高かったと思いますが、国家権力による濫用のおそれが高く、問題があったと考えられます。

まとめ

 以上をまとめると、日本の不敬罪は、要件が緩いという点において問題があったと言うことができます。

 これは、不敬罪そのものの問題というより、立法の仕方に問題があったということです。


(注1)小野清一郎『全訂刑法講義』(有斐閣、1945年)353頁以下
(注2)高橋和之・長谷部恭男・石川健治編『憲法判例百選Ⅱ〔第5版〕』(有斐閣、2007年)367頁〔横坂健治〕
(注3)小野・前掲書353頁以下
(注4)滝川幸辰『刑法各論』(弘文堂書房、1938年)5頁、里見岸雄『天皇法の研究』(錦正社、1972年)681頁以下

ひのもと法律事務所
輿石逸貴 弁護士(静岡県弁護士会)


令和3年1月にひのもと法律事務所を設立。静岡県東・中部を中心に、不動産、建築、交通事故、離婚、相続、債務整理、刑事事件等、幅広い分野に対応する。 憲法学会に所属し、在野での憲法研究家としての一面も持つ。