日本には戦前、不敬罪といって、天皇や皇族に無礼な行為を働いた場合には処罰する規定がありました。

戦後不敬罪は廃止されました。現在でもタイには国王に対する不敬罪があります。

刑法74条1項「天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫ニ対シ不敬ノ行為アリタル者ハ3月以上5年以下ノ懲役ニ処ス」
2項「神宮又ハ皇陵ニ対シ不敬ノ行為アリタル者亦同シ」

戦前というと天皇に対する敬意を欠く行為があった場合にはすぐに死刑になるかのようなイメージがあります。

しかし、不敬罪は最高でも5年の懲役なので、現代に残っていたとしても、いきなり初犯で実刑ということはあまりないでしょう。

違憲だから廃止されたわけではない

 不敬罪は、戦後になって廃止されたわけですが、別に憲法違反だから廃止になったわけではなく、立法府が自主的に廃止したに過ぎません。
 
 通説は、不敬罪は「国家の体制」すなわち「天皇は国の元首にして統治権の総覧者であり、神聖不可侵とされており、この体制を保護することが…目的だった」のだから、「ポツダム宣言の受諾によってこの体制が崩壊した」以上、不敬罪も失効した、と考えているようです(注1)。

 要するに、統治権の総覧者であり神聖不可侵の天皇を守るための規定なのだから、そうでなくなった以上不敬罪は違憲ということなのですが、分かったようでよくわからない理屈です。

 なぜなら、憲法で規定された象徴たる天皇を守るための規定なのだから不敬罪は合憲とも言えるからです。

 小林直樹先生は、「象徴としての天皇の特異な地位が認められる以上、国民とは不平等なその地位に相応して、たとえば「象徴侮辱罪」といった規定を設けても、その当不当は別として、法論理的には違憲ということはできないであろう」と書かれています(注2)。

 小林先生は、おそらく不敬罪は不当であると言うでしょう。ただ、少なくとも法的には違憲ではないという小林説は、通説よりも筋が通っていると考えられます。

 象徴に特別の保護を与えてはいけないという規範を日本国憲法から読み取ることはできるなら別ですが、そうではありませんから、不敬罪が憲法違反とまで言うことは困難でしょう。

 国家元首(注3)に対する特別の名誉毀損罪、侮辱罪の規定は、国家権力による濫用の危険性が高いため、その導入には慎重でなければなりません。

 しかし、それと規定の合憲性は別の問題として区別する必要があります。


(注1)野中、中村、高橋、高見『憲法Ⅰ 第5版』(有斐閣; 2012年)102頁、工藤達朗編『憲法判例インデックス』(商事法務、2014年)3頁
(注2)小林直樹『日本における憲法動態の分析』(岩波書店、1963年)81頁、小林直樹『憲法講義.下』(東京大学出版会、1977年)40頁、杉原泰雄編『新版体系憲法事典』(青林書院、2008年)781頁
(注3)天皇が国家元首かは争いがあるが、筆者は国家元首と解する説に立つ。

法律上の問題はこちら:不敬罪の法的問題点

ひのもと法律事務所
輿石逸貴 弁護士(静岡県弁護士会)


令和3年1月にひのもと法律事務所を設立。静岡県東・中部を中心に、不動産、建築、交通事故、離婚、相続、債務整理、刑事事件等、幅広い分野に対応する。 憲法学会に所属し、在野での憲法研究家としての一面も持つ。